【中学校時代】

サッカーノート

中学サッカー時代、
僕はまたキャプテンになった。

小学校時代にもキャプテンをやっていたが、
中学校時代のキャプテンは一味違かった。

技術的にも肉体的にも
大きく成長する中学生の試合は、
小学生時代とはまるで違う。


競り合いの激しさ、キック力の向上。
普段の練習の質をより高めたり、
戦略的な部分もより大切になってくる。

そんな中学生時代、
僕のチームの歴代キャプテンは
やらなければいけないことがあった。


サッカーノート」を毎日かかさずつけるのだ。


次の日の練習メニューを全て考え、
練習が終わったらその日の総評や感想を書く。
練習の出来映えや質を考慮して
また次の日のメニューを考える。

毎日顧問の先生に提出するものだから、
紛れもない「義務」だった。

キャプテン就任当初、
これがめんどくさくて仕方なかった。

毎日毎日練習メニューを考え、
毎日毎日感想を書く。

やらされる」ことほど面倒臭いものはない。

きちんとやったら、軽く1時間は超える。
その1時間でどれだけ漫画、 いや勉強できるか。

そんな気持ちはノートにも現れる。
字の汚さ、文章の短さ、
内容の薄さ、未提出や提出遅刻を連発。


当時の僕はそれを先生から課された「義務
だと思っていたから故である。

ある時顧問の先生に呼び出される。

「もうサッカーノートやめようか。
明日から練習のメニューは俺が考えるわ。」



なぜキャプテンだけこんな目に・・・
愚痴をこぼしながら書いていたのを思い出す。

とても優しい口調だった。


僕が、義務的に書いていたこと、
そしてこのノートの真の目的を理解していないこと、
さすがは先生、全てお見通しだったのだろう。

しかし先生は「ちゃんと書きなさい。」
とは言わなかった。
そう、先生は、皆まで言わなかったのである。

サッカーノートの真意を理解していない僕に、
ちゃんと書け、と言って
無理矢理書かせても意味がないからだ。

もちろん先生が練習メニューを考えるのが
面倒臭かったからという訳でも、
僕に重い任務を背負わせたかったとかで
意地悪をした訳でもない。

自分の頭で、キャプテンとして、
チームのために考える。


「何が必要か」
「弱点はどこか」
「どんな練習が必要か」

自分達でやることは、
自分達で計画、そして実行していく。

先生は僕に、
物の本質を考える力
自分に厳しくする力

この2つを与えてくれた。

物の本質を考える、自分に厳しく。

僕はサッカーノートについて考え直した。

何のために書いているのか。

なぜ先生はやめようか、と言ったのか。

先生の目的が「メニューを作らせる」だけだったら、
あの時「もっとちゃんとやりなさい」と
皆まで言えば済む話だ。

僕はただでさえ数の少ない脳細胞を総動員し、
頭をフル回転させた。

次の日から僕のサッカーノートが生まれ変わったのは
いうまでもない。

僕にとってサッカーノートは、
先生に「やらされるものから
チームのために
やらなければいけないものに変わった。

チームが強くなるためにはどうしたらいいか。

弱点はどこか。

克服のためにはどんな練習メニューが必要なのか。

ランニングのメニューを辛いと言って、
サボるやつがいるだろうから、
どうやって彼らのモチベーションをあげよう。

僕のメニュー次第で楽もできる。
けれどそれで強くなれるのか。

気づいたこと、思ったこと、
プロの試合を見て感じたこと、
チームメイトの特徴や、
フィジカルトレーニングのタイム。

一言一句逃さず、僕の考えも漏らさず
全て書き込んでは先生と共有した。

練習中に手を抜くようなやつがいたら、
キャプテンとして厳しく追及した。

春の大会で走力が足りないと分析しては、
夏休みは徹底的に走り込んだ。
毎日10キロ近く走った。

毎日毎日クソ暑い中
フィジカルトレーニングばかりで
嫌な顔をしたチームメイトもいた。
陰口を叩いていた人もいただろう。


辛い練習などやりたい人はいない。
怒られたい人などいない。

しかし、僕は先生に与えられた
サッカーノートという課題の答えとして、
キャプテンとしてチームのことを考えて、
憎まれ役”に徹したのだ。

しかしそんな憎まれ役だったからこそなのか、
苦い経験をしたこともある。


当時、練習試合に行くとき、
保護者が交代で3台ほど車を出して、
乗合で会場まで送迎をしてくれていた。

そういう時、決まってみんな
人気のある子の家の車に乗るのだ。
それは当然なことで、誰だって楽しくて、
面白い奴と同じ車の方がいい。

ある時うちの親が車を出すターンだったが、
憎まれ役で恐れられていたのか、
まさか誰もうちの車に乗らないことがあった。

広いワゴン車内に父親と2人きり。

今考えればたまたまそうなっただけな気もするし、
そんなに気にすることではないかもしれないけど、
当時は年頃の中学生。


猛烈に気にしていた。

自分の”人気のなさ“を、
親にもとても申し訳ない気持ちになった。

ある意味小学校時代のキャプテンでも感じた、
疎外感」をまた感じていたのである。

けれど一方的に罵っていたパワハラ時代とは
また違った感覚だったし、
恥じることはなにもなかった。

ただの威張り散らすパワハラ上司ではない。
チームのためにキツイメニューを組み、
チームメイトのケツを叩く嫌われ役。


そんな風に、チームメイトと距離を感じる瞬間もあったが、
それは「憎まれ役」としては成功かもしれない。

その一方でこの頃から、
周りの目を気にして生きていくようになった気がする。

”嫌われたくない“
”人気者になりたい“

キャプテンとしての責務を果たしているとはいえ、
やっぱり友達に煙たがられるのは嫌だった。

僕が空気を読む力、いや
“嫌われないように振る舞う力”を
より一層高めたのは、小学校時代、
そしてこの中学校時代の
キャプテン経験が強い。

結局夏の総体の予選で敗れ、
僕たちの中学サッカーはあっけなく幕を閉じた。

結果とサッカーノートは結びつかなかった、
といえばそれまで。

しかし、僕の中でも、
きっと先生の中でも
それはさほど大切なことではない。

もし先生が結果を重要視していたなら、
指導歴0のど素人中学生に、
練習メニューを任せたりなんかしない。

ものの本質を理解すること

能動的に動くこと

それがいずれ自分の力になることを
学び、また学ばせてもらったのだ。

それは今でも変わらない。

社会人時代にも、
上司に言われたことだけでなく、
「何のためにこれをやっているのか」
「どうしたらもっと客先のためになるのか」
を考えて仕事をした。

この与えられた仕事には
どんな本質があるのか。

上司の中で描くゴールは、
あくまでもこの任された仕事のもっと先にあって
その道のりの一場面を手伝っているだけだ。

ならそのゴールを予想して、
一場面だけでなく、二場面三場面先もやってみよう。

もちろんミスをしないよう心がけるが、
そこでミスをしても
いわゆる「ポジティブ」なミスだ。
そこで怒る上司はいない。
私利私欲にまみれたパワハラ上司でなければ。

キャプテンを辞める頃には、
サッカーノートはA4のcanvasノート3冊分になった。

そのノートは後輩のキャプテン達の参考になればと、
先生に所有をお願いしているので、
今は見返すことはできない。

今も母校のサッカー部のキャプテンは、
サッカーノートをつけているのだろうか。

もしそうなら、ドヤ顔で
これは俺が書いたんやで。
なんも言わんと1年間頑張り!

と先輩ヅラしたい。

そうドヤれるくらい
サッカーノートから学んだことは、
間違いなく今の僕の人生の糧となっているから。

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